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Archive for 5 月, 2008

BLU / MUTO

5 月 20th, 2008


毒がたっぷりのオリジナルな世界観だけじゃなく
グラフィティを動画にするって発想とバイタリティもスゴいっす。
こりゃ、かなりの時間が掛かってるよねぇ。
さすがに許可とって描いてるやろな。多分。
BLU
作者のサイトにある絵もスゴい。

映画・動画

ドット絵でみくみく

5 月 20th, 2008


これがドット絵ってスゴい!!

映画・動画

アブド・アル=マリック「12 September 2001」

5 月 3rd, 2008

最近、自分の中にも誰かを差別する心があることを
思い知らされた出来事がありました。
普段から自分がマイノリティであることを自覚してるのにね。
自分のことを深く深く見つめ直す必要があると思いました。
そんなことを考えてるときには
やはり差別や偏見に関することに対して
いつも以上に敏感になるらしく、
前回のエントリーで少し触れた
アフリカ系フランス人のラッパー / スラマー
アブド・アル=マリック(アブダル・マリック)の
「12 September 2001」には相当なショックを受けました。
彼はイスラム原理主義の信仰を経て
現在はスーフィズムという同じイスラム教の中でも
よりリベラルな思想へとシフトしたそうです。
9.11以降、『イスラム教徒=キ○ガイ』
というステレオタイプが一般化(もしくは常識化)して
オイはイスラム教徒に対してではなく
簡単にそういうイメージが広がっていくことを
とても不気味に感じていたのですが、
今度は中国や北朝鮮や韓国の人々に対して
似たような偏見が定着してきたことを感じています。
メディアを通じて得た情報を
あたかも自分の目や耳で見聞きした現実や真実のように
感じ信じ込んでしまうことがあるということを
多くの人が知らない、もしくは忘れてしまっているような気がします。
ひょっとしたら、
自分で経験したり知ったことよりも
メディアから得た情報の方が信憑性が高いと
信じている人の方が多いのかも知れません。
もし本当にそうだとしたら、オイは怖いなぁ。。。
もの凄く怖い。

Abd Al Malik「12 septembre 2001」
2001年9月12日
ツインタワーが崩れ落ちたとき
俺はくだらないフロウでラップしていた
ツインタワーが死に絶えたとき
俺はバカみたいなフロウに熱中していた
衝撃は強かった、もし信仰をもっていなかったら
きっと自分がイスラームだってことを恥じただろう
あのあと、世間にみせなくてはならなくなった
俺たちも同じただの人間だと
ひと握りの狂人はいても、
大多数は混同したりはしないんだと
政治と信仰を
ツインタワーが崩れ落ちたとき
俺はくだらないフロウでラップしていた
ツインタワーが死に絶えたとき
俺はバカみたいなフロウに熱中していた
あのあと、俺たちひとり残らず指さしては誰もが考えた
「全員ああいうやつらじゃないのか」
砲弾がバグダッドに撃ちこまれるようになった
スペインで多くの人が死んだ
リーダーたちは唸り、
あるスイス人はテレビ番組で政治家に面と向かって、混同した
政治と信仰を
ツインタワーが崩れ落ちたとき
俺はくだらないフロウでラップしていた
ツインタワーが死に絶えたとき
俺はバカみたいなフロウに熱中していた
俺は疑惑というものを知った、
それが起きるのは人が恐怖のあまり目の前の人を信じられないとき
よく知っていると思っていた人が突然見知らぬ人になるとき
オランダでは名高い画家の子孫が殺された
フランスはノンと言いつづけた
ヨーロッパは二派に分かれた、
どちらの側につく人も、混同したくないのは同じ
政治と信仰を
ツインタワーが崩れ落ちたとき
俺はくだらないフロウでラップしていた
ツインタワーが死に絶えたとき
俺はバカみたいなフロウに熱中していた
この2001年9月、
俺は心の底からはっきりとわかった
前とは何もかも変わる、ある意味すばらしいんじゃないか
よい麦が毒麦に別れを告げる、
となれば平和の言葉を俺は放てるかもしれない
そうすればみんな人間という大家族の一員だと気づくんじゃないか
そして自然に、本能的に、混同しなくなるんじゃないか
政治と信仰を
ツインタワーが崩れ落ちたとき
俺はくだらないフロウでラップしていた
ツインタワーが死に絶えたとき
俺はバカみたいなフロウに熱中していた
人は何もかも脱構築しようとしていた、みっつの「D」で
ドゥルーズ、デリダ、ドゥブレ
イスラームや非宗教の原理主義者でも過激派でもなく
だけどちょっと重たい言い方になってきた、
複雑すぎる、どっちにしろ俺は混合しない
政治と信仰を
ツインタワーが崩れ落ちたとき
俺はくだらないフロウでラップしていた
ツインタワーが死に絶えたとき
俺はバカみたいなフロウに熱中していた
で、実際この月とその次の月
ジェイ・Zの『ザ・ブループリント』ってアルバムが出た、これは大切
あとワレンの大切なファースト・アルバム『生きるうちに』、
その中の『ノンと言った女』
それにジョナサン・フライゼンの『コレクションズ』
で俺はと言えば何もせず、ただ家であたふたしていた、
いやほんとだって、息子のオムツを替えてたんだよ、ハハハ…

その他のデザイン

ソウル・ウィリアムズ「NOT IN OUR NAME(The Pledge of Resistance)」

5 月 2nd, 2008

イラク戦争が始まった少し後に
ソウル・ウィリアムズというスラマーを知った。
ストレートな反戦のメッセージに
とてもショックを受けたのを覚えている。
アフリカ系フランス人のラッパー / スラマー、
アブド・アル=マリックの9.11を題材にした
「12 September 2001」という曲の訳詞を読んだのをきっかけに
ソウル・ウィリアムズの
「NOT IN OUR NAME(The Pledge of Resistance)」
を思い出して色々検索してるうちに
この詩がイラク戦争に対する反戦運動の中で
星条旗に対する忠誠の言葉のパロディとして
生み出されたことなどを知りました。
それをソウル・ウィリアムズが朗読したものに
更にCOLD CUTやDJ SPOOKYが曲を付けたバージョンが
生まれたみたいやね。

Saul Williams, DJ Spooky + Adbusters
「NOT IN OUR NAME(The Pledge of Resistance)」
抵抗の誓い(The Pledge of Resistance)
我らには信念がある
アメリカに住む者として
我らの政府によって
我らの名において為された不正に抵抗することが
我らの責務であるという信念が
我らの名において為すな
無限の戦争を遂行することを
これ以上の死はもうたくさんだ
石油のために血を流すなんて
もうたくさんだ
我らの名において為すな
諸国への侵略を
民間人を爆撃し、子どもたちをさらに殺し
名も無き者たちの墓を踏みつけて
歴史を進ませることを
我らの名において為すな
自由のために戦うと主張しておきながら
まさしくその自由を腐蝕させることを
我らの手によって為すな
異国の土地に住む
多くの家族を皆殺しにするために
我らが武器と資金とを提供することを
我らの口によって為すな
我らが恐怖で沈黙することを
我らの心によって為すな
民族全体を、国全体を
邪悪だと見なしてもかまわないと思うことを
我らの意思によって為すな
そして我らの名において為すな
我らは抵抗を誓う
我らは誓う
戦争への反対を口にして攻撃された人々
宗教や民族性のために迫害を受けた人々
彼らと手を結ぶことを
我らは誓う
公正と自由と
そして平和をもたらすために
全世界の人々と大義を共にすることを
新たなる世界は可能だ
そして我らはそれを現実のものとすることを誓う
(翻訳: 木村 奈保子)

Saul Williams - Not In Our Name (The Pledge of Resistance)
途中から「Not In Our Name (The Pledge of Resistance)」の朗読。
 

音楽